モハメド・サラー氏が、トルコのクラブ「トラブゾンスポル」移籍を控え、イスタンブール空港に到着した。サラー氏は、空港に到着した際、トラブゾンスポルの赤と青のユニフォームを着用し、笑顔を見せた。現地メディアが報じた。
移籍は無償で
トラブゾンスポルは前日、サラー氏と交渉中であることを発表。クラブ会長のエルトゥグラル・ドガン氏は、サラー氏が昨シーズンをもってリバプールを離れた後、無償で移籍すると述べた。
「トラブゾン、準備はできていますか? あなたの声が聞こえています。すぐに会いましょう。」サラー氏はクラブがXに投稿した動画で語り、「どこにいてもトラブゾンです。」とクラブのスローガンを引用しながら、トラブゾンスポルのユニフォームを着用していた。
ファンの反応
アタテュルク空港に到着したサラー氏は、数百人のファンに囲まれた。サラー氏はファンに手を振ると、出発前に伝統的な応援歌を一緒に歌った。その後、メディカルチェックを受け、東へ向かう予定の飛行機に乗り継ぐため、トラブゾンへ向かう。
サラー氏はリバプールで9年間プレーし、442試合に出場して257得点を記録。プレミアリーグを2回、チャンピオンズリーグを1回優勝した。2024-25シーズンでは、29ゴールと18アシストを記録し、1シーズンの得点参加数でリーグ記録を更新。38試合の出場数記録も樹立した。
また、プレミアリーグのシーズン最優秀選手、ゴールデンブーツ、アシスト賞の3冠を達成し、史上初の快挙を成し遂げた。しかし昨シーズンは27試合で7ゴール、7アシストにとどまり、チャンピオンズリーグでは控えに回る場面も。リバプールの前監督アーネ・スロット氏との公の不和も報じられた。
サラーのキャリア
サラー氏は2012年にスイスのベースルでヨーロッパでのキャリアをスタートさせ、その後チェルシーに加入。2015年から2017年にかけてはフィオレンティーナとASローマにも所属した。リバプールに移籍する前には、ベシクタシュへの移籍も視野に入れていたが、金銭的条件やイメージ権の問題で交渉が停滞していた。
サラー氏がサインする予定の契約の詳細はまだ公表されていない。トラブゾンスポルでの給与は不明だが、フリーの身分であるため、スーパーリーグのクラブはサラー氏の給与に予算を集中させることができる。
サラー氏はチャンピオンズリーグで50ゴールを記録しており、トラブゾンスポルは今シーズン、3位で終え、首位のガラタサライに8ポイント差で続いた。欧州サッカー協会の欧州リーグのリーグフェーズへ進出できなければ、欧州大会は欧州カンファレンスリーグに降格する。
2025年4月に、リバプールで週40万ポンドの給与を受けることで歴史的最高給与を記録したサラー氏。トラブゾンスポルは「黒海の嵐」とも呼ばれるチームで、7回のリーグ優勝を果たしている。そのうち6回は1976年から1984年にかけて。最近の優勝は2022年で、38年ぶりの栄冠だった。
トラブゾンスポルはトルコの北東部都市トラブゾンに拠点を置き、国内リーグでタイトルを獲得したのは6チームのみ。サラー氏の加入はクラブ史上最大の獲得となる。リバプール時代の元ストライカーのダニエル・ストゥーリッジ氏や、アーセナル時代の元ウイングのニコラス・ペペ氏と並んで、トラブゾンスポルのユニフォームを着用する。
サラー氏はリバプールで2回のプレミアリーグ優勝、1回のチャンピオンズリーグ優勝、クラブワールドカップ、UEFAスーパーカップ、FAカップ、2回のEFLカップ優勝に貢献した。イングランドでのキャリアでは、ゴールデンブーツを4回受賞し、プロサッカー協会の年間最優秀選手にも3回選出された。
2024-25シーズンでは、リバプールの優勝シーズンで29ゴール、18アシストを記録したが、翌シーズンはアーネ・スロット氏との関係悪化の影響で出場時間が減少した。
サラー氏はリバプールとの契約満了2年前に移籍を発表したことで、トルコ国内に「サラー熱」を巻き起こした。エジプト代表として、2022年のワールドカップでは16強進出を果たし、アルゼンチンに惜敗したが、その活躍が注目された。その後、ベシクタシュとの交渉が金銭的問題で破談となり、最終的にトラブゾンスポルと合意した。
トルコのクラブは火曜夜にSNSで、サラー氏の到着を予告する動画を投稿。ピラミッドの画像とトラブゾンのパララパークが映し出された。その後すぐに、「交渉を開始しました」という投稿をし、サラー氏のイスタンブール到着時の飛行機の位置を追跡する動画も公開した。
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