米海軍のF-14トムカットは、空優戦闘機としての象徴的存在だったが、実は爆撃機としても機能する設計がされていた。この事実は、1995年の「デリバート・フォース作戦」で実際に爆撃機としての役割を果たした「ボムカット」として認知されるようになり、今や防衛分析家たちの注目を集めている。
F-14の爆撃能力
1970年代半ばに導入されたF-14トムカットは、主に空優戦闘機として設計され、長距離で敵機を攻撃するためのAIM-54ファイアックスミサイルを装備していた。しかし、航空史家トム・コープによると、そのAWG-15火器管制システムには、無誘導爆弾を搭載・投下できる「コンスタントリー・コンピューテッド・インパクト・ポイント(CCIP)」モードが備わっていた。
トムカットの爆撃能力の飛行試験は、1973~74年から行われており、航空機の運用開始直後にVF-32航空隊が爆弾の訓練を実施していた。にもかかわらず、米海軍はその爆撃能力を実際に運用するまでに時間がかかった。
イランとの関係と「ボムカット」の歴史
F-14が空優戦闘機と爆撃機の二役を果たすようになったのは、イランがシャー・モハマド・レザ・パフラヴィの時代に80機を米国から受領したことがきっかけだった。米海軍はその爆撃能力の運用を1990年代後半まで保留していたが、イランがF-14Aを「爆撃機」として最初に運用したとコープは述べている。
イラン政府は、ロッカウェル・インターナショナル製の長距離テレビ誘導ミサイル「コンドル(AGM-53)」の購入を検討していたが、費用の問題で計画は中止された。しかし、イランに供与されたF-14は、爆弾の搭載・投下に必要なシステムを備えており、後に米海軍の作戦でもその能力が活かされた。
空優戦闘機として設計されたF-14は、最終的に500ポンドのMk-82、1000ポンドのMk-83、2000ポンドのMk-84などの無誘導自由落下爆弾を搭載できるよう認可された。その後、レーザー誘導爆弾「パウェイII」などの精密誘導兵器も装備された。
「デリバート・フォース作戦」で実戦検証
F-14の爆撃能力は、1995年のNATO主導の「デリバート・フォース作戦」で初めて実戦検証された。この作戦では、ボスニア・ヘルセチックのラドヴァン・カラジッチ将軍とラトコ・ムラディッチ将軍率いるセルビア軍を標的とし、ボスニアのムスリム住民に対する民族的粛清や他の中傷行為を阻止することを目的とした。
VF-41航空隊がF-14トムカットを運用し、無誘導爆弾と精密誘導兵器を併用して作戦を遂行した。コープの同僚であるステファノ・ダ・アルソは、「当時、ボムカットは自己識別機能がなかったため、F/A-18ホーネットと混成編成で飛行し、ホーネットが目標をレーザーで照準してあげる必要があった」と語った。
「トムカットの大きな利点は、戦闘で爆弾を使わなかった場合でも、すべてのレーザー誘導兵器を搭載したまま航空母艦に戻ることができた点だ。一方、ホーネットは着艦前に重量の制限を守るために爆弾を投棄する必要があった」とダ・アルソは説明した。
コープは、F-14が空優戦闘機から多目的戦闘機へと移行した過程は徐々に進んだと述べている。当初は無誘導爆弾に限られていたが、やがてクラスター爆弾や精密誘導兵器を搭載できるようになった。
F-14が「ボムカット」としての歴史を歩んだことは、現在、歴史家や防衛分析家たちの再評価の対象となっている。航空母艦の運用に支障をきたさずに重い爆弾を搭載できる能力は、「デリバート・フォース作戦」での効果性に大きく寄与した。
F-14は公式には2006年に退役したが、近年ではその多目的戦闘機としての役割が再評価されている。米空軍のF-15エイグルも、同様に「爆撃機」の役割を果たすようになった。
F-14トムカットの歴史は、軍用航空機の柔軟性と、既存のプラットフォームの潜在能力を認識する重要性を思い出させる。米軍が艦隊の近代化を進めている現在、トムカットの変化から得られた教訓は、将来的な多目的戦闘機の開発に役立つかもしれない。
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