健康上の問題でツアーを欠場
ビアドさんは8月はじめ、健康上の問題で「ザ・ビッグ・ワン・ツアー」から離脱。代役としてドラマーのマイケル・モンハンが数公演を担当した。これは2度目の健康上の欠場で、2025年には足や足首に関する不明な医療上の問題で一時的にツアーを離れていた。
これらの欠場により、バンドは8月18日と19日の公演を中止。その後、8月22日と23日にテキサス州オースティンのACLライブ・アット・ザ・マディ・シアターでツアーを再開した。バンドはこの会場を「フランクが最も好きだった場所の一つ」だと語り、オースティンを「第二の故郷」としていた。
クラシック・ラインナップの唯一の定常メンバー
ビアドさんはクラシック・ラインナップの唯一の定常メンバーで、1969年にボーカル兼ギタリストのビル・ギボンズとベーシスト兼ボーカリストのダスティ・ヒルとともにバンドを結成した。ヒルさんは2021年7月に亡くなり、ギボンズがオリジナル・ラインナップの最後の残りとなった。ビアドさんの死去により、ギボンズがクラシック・トリオの唯一の生き残りとなった。
ビアドさんは1971年のデビュー・アルバム『ZZ Top’s First Album』からZZトップと活動していたが、このアルバムと3枚目のアルバム『Tres Hombres』では「ルービアド」としてクレジットされていた。長期の在籍にもかかわらず、彼はバンドの初代ドラマーではなかった。1969年にZZトップが結成される前、ギボンズとドラマーのダン・ミッチェルはバンド「ザ・ムービング・サイドウォークス」で活動し、1969年のアルバム『フラッシュ』をリリースしていた。
50年以上にわたるキャリア
ENTREVUE.FRによると、ビアドさんは1960年代末にバンドに加入し、ヒルさんがメンバーになる前のこと。クラシック・ラインナップが1970年に完成した。ビアドさんはZZトップと55年以上活動し、ギボンズとヒルさんとともにクラシック・ラインナップを形成。このトリオは50年以上にわたって変化が少なく、ロック史に珍しい長期在籍となった。
ビアドさんは特徴的なドラム・スタイルで知られ、ZZトップのサウンドにおいて不可欠な存在だった。ヒゲやヒゲのような特徴的な外見を持たない唯一のメンバーだったが、ブルースロックのアイデンティティにおいて重要な役割を果たしていた。
彼の死去は、数十年にわたってロックとブルースの中心的存在だったバンドにとって時代の終わりを示す。バンドはモンハンをドラマーとして引き続き活動を続ける予定で、ファンたちはSNSや追悼イベントを通じて哀悼の意を表している。
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