日本の研究者たちは、酵素電池(EBFC)の大規模生産を簡略化する印刷可能な酵素インクを開発し、バッテリー不要のウェアラブルバイオセンサーの実現に向けた重要な進展を遂げた。東京理科大学の石田逸郎准教授率いる研究チームによるこの技術は、リアルタイムで健康状態をモニタリングできるウェアラブルデバイスの実用化に道を開く。
製造の課題を克服
汗中の乳酸やグルコースなどの生理的信号を追跡できるウェアラブルセンサーは、長年研究の焦点となっていた。しかし、これらのデバイスの多くは外部電源が必要である。酵素を用いて体液を電気エネルギーに変換するEBFCは、有望な代替手段であるが、大規模生産においては、作業が手間のかかりやすく、製品の性能にばらつきが生じるなどの課題があった。
従来の方法では、まず炭素電極層を印刷し、その後、酵素と媒介物の溶液を個別に塗布し、乾燥させるという複数工程のプロセスが必要だった。この複数工程のプロセスは、デバイス性能のばらつきを引き起こし、品質管理が困難で、大規模生産は実現が難しい。
この問題に対応するため、研究チームは、水性の「酵素インク」を開発し、すべての製造工程を1工程で完了できるようにした。
革新的なインクの配合
このインクの配合は、高表面積を持つマグネシウム酸化物テンプレートメソポーラスカーボンと、電子移動を促進する化学媒介物、そして新しい水性バインダーPOLYSOLを組み合わせた。このバインダーは、カーボン表面に強く接着しながら、酵素にとって安定した環境を維持する。
また、スクリーン印刷に適した粘度を実現するために、カルボキシメチルセルロースを添加し、乳酸酸化酵素やグルコース脱水素酵素などの特定の酵素も含まれている。
研究チームは、このインクを軽量紙の基板上に、単一の製造工程で直接印刷した。電気化学的試験の結果、印刷された電極は従来の滴下法よりも高い触媒電流を発生し、長期間にわたって安定した性能を維持した。一方で、滴下法で作成された電極は、数分から数時間のうちに初期活性の半分以下に劣化する傾向がある。
現実的な応用と性能
このスクリーン印刷された電極から構成された完全な乳酸/酸素バイオ電池は、動作電圧0.63 Vで最大165 μW/cmの出力電力を達成し、以前の報告値96 μW/cmを大きく上回った。これは、酵素インクを用いた陰極側のスクリーン印刷が初めて成功したことを示す重要な進展である。
このシステムは、健康な個人が観測される生理的範囲(約1~25 mM)の乳酸濃度を正確に測定することを目的としている。この範囲は、運動強度や代謝状態のモニタリングに特に重要である。
研究チームは、生成された電力がBluetooth Low Energy(BLE)の無線送信を支える十分な量であることを確認し、乳酸濃度のバッテリー不要な無線モニタリングの実現可能性を示した。
この技術のスケーラビリティを示すために、研究チームは400メートルの基板上での連続印刷を実施した。このアプローチにより、1台あたりの製造コストは10円程度に抑えられ、廃棄可能なウェアラブルデバイスや大規模なウェアラブルアプリケーションに非常に魅力的な技術となる。
「我々の研究結果は、水性酵素インクの配合が、EBFCの製造においてスケーラビリティ、再現性、高性能を兼ね備えた実用的なアプローチであることを示しており、柔軟で、ウェアラブルで、バッテリー不要のバイオセンサープラットフォームへの統合において実用的な利点を提供することを示している。」と、石田准教授は述べた。
今後の展望として、研究チームは2030年頃の実用化を目指している。これは、デバイスの最適化、長期的な検証、ウェアラブルプラットフォームへの統合がさらに必要であることを反映している。
具体的な商業パートナーはまだ特定されていないが、印刷会社や医療機器メーカーがこの技術を採用する可能性が高いと予想されている。
この研究の意義は非常に大きい。スポーツ分野では、リアルタイムの汗乳酸モニタリングにより、運動強度や筋肉の疲労に関する即時フィードバックが可能になる。介護や高齢者ケアでは、代謝状態の継続的なモニタリングにより、健康状態の早期検出が可能になる。
同様のバイオセンサーは、代謝の初期警告サインを検出することで、熱中症予防システムにも貢献する可能性がある。
「このように、この技術は、単に着るだけで身体の状態をモニタリングするセンサーの基盤となることで、より安全で健康的な社会の実現に貢献する可能性がある。」と、石田准教授は結論付けた。
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